グノーシス

Gnosis

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コミュニティの要素

異文化交流議論
ネットワーク論-ちゃあじこさん

僕自身はコミュニティが苦手。
リアルではわりと友達は少なめ。
仲間意識みたいなもん?
共同体。共同体。共同体。


ネットワークなつながり。
コミュニティなつながり。空気。世間だのなんだの。

認め合うという意識だけの繋がりは異文化交流にならないんじゃな。コミュニティではないということになる。交流がどこまでを指しているかもあるけど、異文化交流とはネットワークではなくコミュニティを形成しようとする意識なのでは。コミュニケーションとはきっと、コミュニティを形成しようとする作業なんやな?まずは一対一のコミュニティを作って。三人以上になると二人で作られてるコミュニティに乗っかる形になるわけやな。一対一とは違って三人だと人に合わせるんやのーてコミュニティ自体にあわせないかんつーことかい。これが難しいのちゃうか。

んで知らないコミュニティに対峙したとき共通部分を探すけど見つけにくいのよね。たぶん、見つけるコツがあるんや思うけど。一つの共通部分だけではうまくいかんで共通部分はたくさんつくらなあかん。要素があるねん。
シュマークの人達はきっと自分たちのコミュニティ要素がわからんのちゃうかな。だから端的に「あいつは気に入らない」という言い回しになる。こういうときはこうしろといろいろ注意する人はたぶんコミュニティの中でも下っ端だと推測できる。とりあえず形から入るのはコミュニティの全貌が掴めてないつーことやんな。形だけまねても真にコミュニティに参加したことにはならんわけな?同族だったり思考が似ている場合はコミュニティー要素は少なめですむが故に接しやすいわけね。

コミュニティ要素にどんなものがあるかと言えば例えば。
誰かを崇めるのが目的だとコミュニティにボスがいる構造になる。若干権力っぽく一度所属すると抜けにくいコミュニティになるわけね。いじめの構造はもしかしたらこの逆なのかも。あいつをからかうと楽しいコミュニティみたいなね。からかうことが目的になっちゃってるのでからかわれてる人がそのコミュニティに入ることはできないわけ。

僕はブログをメディアとして見ている、つまり情報媒体として見ている。わたりとりさんが僕に対しておっしゃってた

「Y!ブログの流儀に染まっていない人」

とはコミュニティの縛りが少ない人を指してるんだと思う。
まぁ、僕自身がY!ブログを使ってないし、転載機能がどうかっつーことも使ってないから話題に距離を感じるわけ。
おそらくY!を使っていないことに付随して僕は多くのコミュニティ要素を欠いているのだと思う。ブログに対する考え方の違いもたぶん要素の一つ。さらに言うならネットに対する意識も要素の一つだと思う。

日常で言えば例えば。
とりあえず、A、B、C、D、Eと人がいるとする。
この五名は昼ご飯を一緒に食べるコミュニティでつながっていたとしようか。昼ご飯食べてて、たまたま旅行に行く話になったと。
A、B、Eは旅行することになってんけど、C、Dは用事でいけなくなると。んで旅行にいったら、なんかちょっとした思い出できちゃって
旅行コミュニティが形成されると。旅行から帰ってきて
五人でご飯食べてて微妙にA、B、EとC、Dがずれると。
A、B、Eはコミュニティが二重になるわけな。
A、B、Eは旅行コミュと昼飯コミュでがっちり、
かたや、C、D、は旅行いいなーて眺めちゃうわけ。
あーめんどくさい。やっぱり男はこういうことは意識しない。
考えてるだけでめんどい。

ネットワークの繋がりとはきっとクリティカルシンキングの思考上に相手を据えてるんだと思われる。
目的を達成するための流れに相手を乗っけてる感じなのよきっと。


同じ匂いがする。
同族の匂いがするとかは割と例外的なんだろうなぁ。
共同体の共同部分はどこだと。思い出か?目的か?パーソナリティか?
趣味か?仕様か?知識か?敵意か?
初めはお互いワザとでも共通部分を作る。そのあとだろうなぁ。
コミュニティ化するかどうか。
知識が核になっていないコミュニティはシュマークにはならんのちゃうか。


あーなんかまとまりを欠くのはいつものこと。

コメント

異文化交流、私は認め合うという意識までだと思っておりました。
コミュニティの形成まで行ければ理想ですが、異文化であればあるほど山は高いです。
きーさんの図だったかな、異文化への耐性が高いか低いかによって違うのでしょうけど、私は低そう。

>異文化交流、私は認め合うという意識までだと思っておりました。
あ、ちょっと語弊がありました。儀礼的無関心をどう位置づけるかを考えていると異文化交流としては認め合うだけでは足りない可能性を感じました。
でも儀礼的無関心は認めてないなぁ(独り言)

僕にとって山が高い人は営業さんタイプだと思います。なんとなくどう対処するかわかりにくいです。

そう言えば儀礼的無関心は認め合っている状態ではないですね。共存か尊敬か親交でないと。
うう、山高い。

「殻を持つ」という共通点はどうなんでしょ?

話し合いにならない・・・大気の歯車にならないと近づけそうにありません。

そうですよね(笑)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kyokugaku.blog51.fc2.com/tb.php/55-b2174f35

 | HOME | 

プロフィール

みつくる

Author:みつくる
最近の趣味はネット・睡眠・アニメ。どうも最近は眠れません。寝不足のまま活動です。ゲームもめっきりやらなくなりました。アニメの感想を書きたいですが週末に書くことにします。ライトノベルをアニメにしたものって細かい表現がおもしろいと思います。

カウンター

記事

コメント

トラックバック

カテゴリー

アーカイブ

ブロとも申請

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。